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コラム1 縦貫鉄道と縦貫道路

縦貫鉄道は台湾の北の基隆から南の高雄までをつなぐ総長約四百四キロに及ぶ鉄道である。

清統治時代、台湾を「化外の地」とみなしていた清は台湾のインフラ整備に非常に消極的で、鉄道は清朝末期になってようやく基隆~新竹間に敷かれた程度であった。それもいわゆる軽便鉄道で実用に耐え得るものではなく、日本統治開始後、全面改修が必要であった。

台湾初代総督の樺山資則は、台湾統治に当たり「百年の大計」として「南北縦貫鉄道建設」「道路建設」「基隆港建設」を提案し可決された。当時、まだ風土病が蔓延する台湾で、臨時台湾鉄道隊は風土病や慣れない暑さと闘い、多くの死者を出しながら基隆から新竹までを改修していった。鉄道隊の死亡者は明治三十二(一八九九)年時点で二百四十一名にものぼっている。この改修工事の最大の功労者は、逓信省鉄道技師であった小山保政である。

更に第四代児玉総督時代には、「鉄道国営政策」 に基づき基隆から南の高雄までをつなぐ台湾縦貫鉄道の建設に着手。まだ台湾経営が軌道に乗っておらず、出費がかさむことから「台湾は一億円でフランスに売ってしまえ」と言われた時期に、約三千万円の予算がついたのは注目に値する。

この縦貫鉄道は、「臨時台湾鉄道敷設部技師長」として赴任した長谷川謹介が指揮をとり、数々の障害を乗り越え、明治四十一(一九〇八)年に全通した。以来百年近く経った今でも多くの人々に利用され、まさに台湾の大動脈として活用されている。

一方、縦貫道路は、基隆と高雄間をつなぐ幹線道路である。清朝時代の台湾は「三年一小乱、五年一大乱」と言われていたように各地で反乱が絶えなかった。そのため清朝は住民の反乱を怖れてきちんとした道路を造らなかったのである。

道路の整備は、第四代児玉総督の右腕として活躍した後藤新平によって大きく進められた。

日本統治五十一年の間に一万七千二百八キロにも及ぶ幹線道路が造られ、これにより物流が活発化し、台湾の南北の経済格差がなくなった。縦貫道路は縦貫鉄道と共に台湾の経済発展に大きく貢献したのである。


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