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心細かった受験旅行

疎開していた大社町の近くの路竹駅から汽車に乗れば、台南市まで平常時で四十五分、近所の停留所から局営バスに乗れば一時間十分程かかりました。

受験のために小学校六年生の私が台南市へバスで行くことに、父は真っ向から反対しました。「誰かが付いていなければ遠くに行けないような女の子が、戦時下にバスで台南に行くなんて危険だ」と言うのです。

つい数日前、叔父の田んぼを借りている小作人が、祖母に「お婆さんの故郷の太湖で、空襲に遭ったバスが転覆して、乗っていた中学生が頭を打って即死したよ」と話していたばかりです。どうしても汽車で行くようにと父が言うので、仕方なくそれに従うことになり、楽しい思い出が沢山詰まったバスで行くことはあきらめました。

出発日の早朝、私は受験に必要な物や教科書をリュックサックに詰めました。それとは別に、前夜、菜っぱ色に染めた母の手製の木綿の袋二つに、三日分の米と野菜を均等に分けて入れておきました。それを両手に提げてリュックサックを背負い、路竹駅に向かったのです。

路竹駅は大社村の隣の路竹村にあり、村と村との境界線上を鉄道の線路が走っていました。駅から一本街道を挟んで向かい側にある商店街は、近隣の取引の中心でした。

村の真ん中辺りに、当時まだ珍しい四階建てのビルがありました。その町で唯一のビルで、遠くからでもよく見え、村のシンボルになっていました。これは育生病院といって、地方の名医であり公医でもあった母の実弟、つまり私の叔父が経営していたものでした。

祖母の家から路竹駅へ行くのに、歩きやすい道を選べばどうしても遠回りになりました。近道をしたければ、途中から田んぼのあぜ道を通って行かなければなりませんが、それは、私にとっては一つの冒険でした。

祖母の家から路竹駅までの耕地の大部分は、叔父とその兄弟たちの所有地だったそうです。駅までの距離は子供の足で十五分はかかりました。牛車のわだちの跡を踏んで歩いて行くと、叔父の所有している瓦を焼く窯があります。そこから右手の遠くの方に路竹駅が見えてくるのですが、真っすぐ駅に続く道はないので、その辺りからあぜ道に入ります。

出来るだけ幅が広く歩きやすいあぜ道を歩いて行くのですが、途中からあぜ幅が突然狭くなることがあります。というのは、あぜ道は地主や小作人達が、自分の田んぼや借り受けた田んぼと、他人の田んぼを仕切るために、土を盛り上げて作ったものなので、あぜ幅は作った人によってまちまちなのです。

大小さまざまな水田の間を不規則に区切ったあぜ道は、遠くから眺めているとパズル遊びのはめ絵の溝が頭に浮かんできます。そのあぜ道を歩いていると、水を張った田んぼが、太陽の光を受けてキラキラと照り映えてまぶしいほどでした。

台南で生まれ育った町っ子の私には、あぜ道はとても歩きづらく、ややもすると足を滑らせて転びそうになりました。何しろリュックサックに両手に大荷物です。気を付けながらそろそろと歩くのですが、所々に窪みがあって、それにはまらないように飛び越えなくてはいけませんでした。また、時々お腹を膨らませた大きなカエルが二本の足を地べたに立ててあぜ道のど真ん中に座り込んで、こっちをにらみつけて通せんぼをするのに出くわしたり、キチキチと鳴きながら羽を広げて飛んで来るイナゴに驚いて立ちすくんでしまったりと、なかなかあぜ道を抜けられません。

やっとの思いで線路わきの砂利道にたどりついて、ようやくホッと安堵の胸をなでおろしたものです。そこから駅まではもうすぐです。

駅の中にはいると、左手に切符売り場があり、正面に改札口があります。改札口の向こうには、上下線の四本のレールに挟まれた短い露天のプラットホームがありました。

今ではもう考えられないことですが、当時、田舎の改札口には仕切りはあるものの、かぎ型の掛け金で止めているだけで、簡単に外せて構内へは自由に出入り出来ました。しかし、こんな簡単なことでも法を破って薩摩守(薩摩守忠度=ただ乗り)を演じる人は、聞いたことがありませんでした。

これは温和な台湾人がよく規則を守るからなのか、あるいは大岡越前守のような、理と知と情によく通じ、政治政策に長けた人物が多くいたからなのでしょうか。とにかく、日本の統治時代は安心して毎日が過ごせた時代でした。

今、戦前を振り返ってみると、正直に暮らす人々、穏やかな世の中がよみがえってきます。昼間店先に店番がいなくても、商品を盗まれる心配はなく、買い物客は「ごめんください」と言って店先に立って、店の主が顔を見せるまで待っていたものでした。夜は戸に鍵を掛けなくても、安心して眠りにつくことが出来ました。

当時の台湾は、時間の流れが緩やかで、皆が平和に暮らす楽土であり、宝島でした。しかし、戦争が始まると徐々に事情は変わっていきました。


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