異様な風体の恐い先輩

ところで、お二人の出会いはどんなものだったのでしょうか。 廣重 私が一番最初に盧山先輩にお会いしたのは、私がまだ緑帯の頃で、いつも行っていた夜稽古の部のことでした。私は、仕事が終わってから稽古に来ていたので、出るのはいつも夜稽古だったんです。

それで、ある時稽古に来ると、何か皆がそわそわしていて、ある噂をしているんです。それは「何か凄く恐い先輩が来ている」というものでした。

それを聞いて、私も内心ドキドキしていたのですが、その後一週間経ってもちょうどタイミングがずれていたのか、その先輩に会わずに済んだんです。ただ、とにかく恐い先輩で、骨を折られたとか首を絞められたという噂だけがドンドン膨らんで、戦々恐々としながらも、一体どんな先輩なんだろうと思っていました。

それで、次の週に稽古に行ったのですが、やはりその先輩というのは来ていませんでした。その時もほっとして、稽古を始めました。

稽古はいつも、準備体操をしてから、その場で突きや蹴りをする基本稽古になります。それが終わると、移動しながら突きや蹴りをする移動稽古です。移動稽古は、全員で前へ進んでいって、先頭が壁際まで来ると「はい回って」と号令を掛けて、皆で回れ右をして、逆の方向に進みます。

それで、移動稽古が始まって、最初に「はい回って」の号令があって、後ろを振り向くと、向こうの壁際に、一人異様な風体の先輩がじっと座っているんです。全然顔も知りませんでしたが、「うわー、これが噂の恐い先輩か」と思っていると、指導員をしていた先輩達が、あわてて走っていって、「押忍」「押忍」と挨拶をし、その先輩は稽古に加わってきました。

その時の、盧山先輩の様子は今とずいぶん違って、角刈りで目つきがぎらぎらとして鋭く、独特のムードがありました。盧山先輩は稽古に加わったのですが、一緒に稽古をやるわけではなく、ずっと柔軟体操をしているんです。

それで、組手になると出て来たんです。それで、とにかく皆をボコボコに痛めつけて、それでサッと帰っていきました。もう全員が震え上がっていましたね(笑)。

盧山 私は午前中一人でずっと稽古をやっていましたから、道場は稽古の相手を求めに行くところで、自分の稽古を検証する場だったんです(笑)。

廣重 それ以来、移動稽古で「はい回って」で振り返るたびに向こうの壁際を見て、先輩がいないと「ああ、いない」とほっとしていました。次に振り返ってもいないんで、「ああ今日は来ないんだな」と思っていると、その次に「はい回って」で振り返ってみると来ているんです。その度にドキッとしていましたね。

盧山 あの頃は、よく首を絞めて落としていたね。本当に危険なことをやっていたね。まあ、若かったんだな。

廣重 死人が出ませんでしたから、運もよかったんですね。

まあ、盧山先輩にはもう恐くて口がきけませんでした。ですから、盧山先輩が、色々な黒帯の先輩達と話をしているのを、隅っこの方で聞いているだけなんです。当時は、盧山先輩に話し掛けることのできる人間はあまりいませんでしたね。

ある時、盧山先輩が、ナイフに対する対処法というのを指導員相手に指導していたことがありました。もちろん私は脇の方で見ているだけでしたが、その時に、澤井先生とか太気拳(意拳)の話をされていました。

その頃、私は第八回の全日本選手権に出まして、四回戦まで行きました。私は空手を始めたのが遅くて、その時に二十八歳でしたが、このまま続けていって、若い連中相手にどう闘っていいか迷っていた時期でした。

その後もずっと、盧山先輩が意拳の話などを皆にしているのを、一生懸命聞いていました。というのは、盧山先輩が「意拳というのは年には関係ないんだ」と話していたからです。それで、盧山先輩が指導員室に一人でいた時に、意を決して話し掛け、「太気拳を習いたい」と言ったんです。

まあ、それが、先輩との長いつきあいの始まりでした(笑)。

最初は、口もきけませんでしたが、そのうちに、盧山先輩の部屋で昼飯を食べて、昼寝をしてから帰るようになっていきましたよ。

盧山先輩と組手をやって、肋骨を折られたのをよく覚えています。掌底で顎を上げられて、正拳で脇を突かれたんです。

盧山 いまさらながら、申し訳ない(笑)。あの頃は、私に肋骨を折られたという後輩が続出しました。中段突きと三日月蹴りという前蹴りがありますが、それでよくやっていました。

その後に、私はローキックでクローズアップされましたが、私の本当の得意技は、中段の逆突きと三日月蹴りでした。後に、映画の中での私のローキックの印象が強かったせいか、「ローキックの盧山」と呼ばれたんです。ただ、一つの技にこだわってはいませんでした。

芦原英幸先輩と組手をやった時に、私の三日月蹴りが芦原先輩の脇腹にモロに入ったことがありました。そうしたら、先輩はぐっと来たんですが、その後金的を握られて、もう一方の手で襟をつかまれて、思いっ切りぶん投げられたことがありました。その当時、金的づかみは非常にポピュラーな技でした。私も多用していましたが、第五回大会で佐藤勝昭君と当たった時に、私が彼の後ろに回ると、金的を握ってしまいました。ついクセが出たようです。


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